名和晃平
名和晃平はいかにも典型的な「アーティスト」のイメージとは縁遠い存在だ。整った身嗜み、落ち着きを決して失わない態度、そして、comme des garcons の遊び心に満ちたマルチパターン・シャツを常に身に着けた姿は、建築家たちの集まりにも違和感なく溶け込むことができるだろう。事実、建築は名和にとって最近特に興味を惹かれているもののようだ。発表後すぐにクラシックな作品となったpixcellシリーズによって瞬く間にスターの座に上ってからというものの、名和のプロジェクトは急激に規模と複雑さを増しながら建築的な領域へと度々入り込んでいる。
日本で最も多産な作家の一人である名和は今まさに素晴らしい時代を生きていると言えるだろう。テクノロジーは彼の未来的なビジョンを追いかけるように進歩し、まるでこの世ならざる物質を創り出すためのツールを彼に与えている。アートの未来を象徴する名和の作品は、彼自身のスタジオにおける着想から制作までの一貫した多数のプロセスを通じて常に実験を繰り返しながら生み出される。その精緻な表面には人の手の痕跡は一切残されていない。
名和さんのバックグラウンドを教えてください。
1975年に大阪に生まれ、94年から京都市立芸術大学の彫刻コースで学びました。そこで大学院と博士課程も修了しました。大学院の間に98年と99年にまたがった七ヶ月ほどロンドンのrca(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)にワンタームの交換留学をしています。
アートに関わるきっかけはどんなものでしたか?
自分でも覚えてない頃から何か工作をしたり絵を描いたりは好きでした。幼稚園に入る前からそうでしたので何がきっかけというのはあまりないですね。ただ、高校生の時に姉が行っていた絵画教室に通い出して、美大に行こうと決めていました。物理や建築にも興味があり、そうしたテクノロジー系の分野の大学にも行くことも考えましたが、結局は美大が一番自分のペースで出来るんじゃないかと思いました。でも、美大を目指すときは自分に何ができるかよくわかっていませんでした。最初はペインティングを目指していましたが、入学してしばらく経って自分には彫刻コースが合っているとわかりました。
今気になっているものは?
今は新作の構想を練っていて、色々頭の中でイメージを作っているんですけど、そのイメージがぐるぐる廻っています。オイルを使うのですが、どう使えば作品になるかということで頭がいっぱいですね。
名和さんの一日はどのように始まるのでしょうか?
朝はとても弱くて、毎日起きるのが嫌ですね。だから目覚ましを6個くらいかけています。それくらいしないと起きられない。子供の頃から寝つきが悪くて、寝ると今度は起きられない。何時に寝たとしてもそうですね。
夜型ですか?
夜型ですね。でも、今はsandwichという自分のスタジオをやっていて、9時に他のメンバーとラジオ体操をしてから一緒に始めるから起きないといけない。sandwichを始めてからは午前中に仕事が捗るということに初めて気づきました。
チームで制作することについてはどう考えていますか?
sandwichは5年前から、その前の三年間は淀でスタジオを持って活動していました。最初からスタジオを持とうとは思っていませんでしたが、活動を始めたらプロジェクトが増え、規模が大きくなり、もうスタジオを持つしかありませんでした。スタジオを持たずに制作会社に頼むという選択肢もありましたが、僕は開発から全ての工程を体を入れてやることが多いから、自分のチームでやらないとできない。すべてが共有できて、感覚的にも合う人たちとチームを作るしかないなと思いました。
アーティストとして大切だと思うことは?
作り続けることですかね。何を作ろうか、と考える前に、これを作らないといけないというのが沢山あるんですよ。作ることを探すのではなく、常に作るべきものが溢れてくる状態です。また、個人の世界とか、自己を表現したものではなくて、この世界と接続した回路を持っている人が好きですね。
その点に関して以前から聞いてみたかったのですが、名和さんの作品はあまり自己を感じさせず、むしろ超然とした印象もありますよね。
今の時代を考えた時に、自己表現だけがアートになるという考え方だけではないと思っています。自己表現が芸術の課題だというのは少し前の時代で一旦やりきったと思うし、僕達が向かうのはそういう表現ではないと思う。今は自分自身の物語や体験や思想を表現するという自己の殻の中で表現を行うのではなくて、自分の今までのあらゆる経験に対するフィルターや媒体として自己を用い、それを表現のプラットホームへと広げているのだと思いますね。自己はテーマではないけれど、アウトプットする時の核にはなるんですね。ただ、それが個人である必要はなくて、グループとして表現を繋げて広げていくこともできるし、全然違うジャンルの人と一緒にやるということもできる。そういうことがそこかしこで起きているのはそのせいだと思います。表現のありかたそのものが変わってきていると思います。
趣味はありますか?
仕事ばかりですね。でも、ラグビーが好きなんで、中学生のときから大学卒業まで15年やっていました。格闘技も好きですよ。カラテも習ってたし、ベルリンでカンフースタジオにも通っていました。スポーツもそうですが、体の動かし方に興味があります。やっぱりラグビーが一番好きで、今度ob戦があるから参加しようとさえ考えています。高校生のときもラグビー馬鹿で、試合中に死んでもいいと思っていたから、本当に馬鹿みたいにやってましたね。
特に影響を受けた人はいますか?
沢山いますけど、時期によって違いますよね。子供の時に影響を受けて憧れていたのは大友克彦さんです。建築家でいえば大学時代にはアントニ・ガウディの研究をしていました。造形的で、建築とも彫刻ともわからないものですね。また、身体をどうやって彫刻的に展開するかを考えていた時に田中泯さんに出会って6年間くらいは毎年夏に彼のところへ通ってお手伝いをしたりしていました。
名和さん自身も重力を制作に取り入れていますので、ガウディの名前が出るのは興味深いですね。
ええ、そこもガウディの好きなところです。
日本のアーティストならではの視点というものがあると思いますか?
一概に言うのは難しいですけど、マテリアルに対する感性など細やかなところはあるんじゃないかなと、多少は思います。ただ、アイデアとかコンセプトとかアーティストとしてのスタイルは本当にばらばらなので、日本人で括るのは難しいなと思います。
私の意見ですが、日本には工芸に対する深い理解と極めて高い技術があると思います。しかし現代美術は西洋の哲学に基づいたもので、西洋ならではの宗教・社会の決して交わらない価値の二律性と深く関わっています。それは日本では感覚的には把握しにくいものですが、そのように異なった価値の体系がそれぞれの背景になっています。そのことは日本のアーティストが世界で成功する上での困難にもなっていると思います。おそらく、日本のアーティストの成功の鍵は全く別のアプローチを取ることにあるのではないかと考えています。
まさに僕が大学自体に研究課題にしていたのが日本人の感性はどこからくるのかということでした。宗教や民俗など日本人としてのアイデンティティを辿っていったんですね。元々京都にいたので、奈良も含めて神社仏閣にも行けましたしね。日本の宗教美術がとても盛んに作られていた時代は本当に世界に誇れるようなものすごいものが作られているんですね。それが江戸期にピークを迎え、明治になって大政奉還から100年くらい混乱しちゃったんですね。その間にはすごいものが残っておらず、やはり江戸までに日本人が培ってきた感性や技術、そしてそこから生み出されてきた美術も工芸も本当に素晴らしく、かっこいいんですね。
そうした芸術の作られ方をどうやったら今の時代に取り戻せるだろうかと考えています。戦後、グローバル化が進み、近代化され、戻れない状況にいるから、新しい分野で新しいものを作って証明していくしかないという気はします。そういう卓越した技術であったり、精神的な作業としてもすごいレベルに到達している人が残したものを見て、そのレベルで自分も仕事するにはどうしたらいいんだろうということを考えていました。アニミズムや神道や禅のような感覚はやっぱり僕達のdnaや体の中にエッセンスとして持っていると思うんです。それをどうやって開いていくかを彫刻でできないかなと考えています。
ただ、日本の美術とか日本人のルーツだけに特化したくはなくて、僕はヨーロッパをリサーチして中世の宗教美術や建築を見て回りました。宗教美術には単なる自己表現ではなく、エゴのない表現のものが多い。そこも惹かれている部分かもしれないです。そのルーツが今の欧米主流の現代美術の世界にそのまま直結しているのはヨーロッパに行けば皆が感じることだと思いますが、日本人にはそこの接続点が希薄だというのはそのとおりだと思います。戦後にギャラリーのシステムや現代美術というものを輸入してまだ50年か60年しか経っていないし、そのシステムもまだ根付いていません。ただ、ここ15年でグローバル化して、みんながシャッフルして移動するようになったから日本のアートシーンも世界と同期するようになってきたと思います。今はどこにいても世界のアートシーンに対してアップロードするという感覚で作れるようになったんじゃないかなと思います。
もし総理大臣になったらどんな法律を通したいですか?
法律?(笑) ええ、むずかしいな。法律は嫌いだからなあ(笑)
でも、アーティストが作るものが全て、作品の試作まで税の対象にされることがあって、それはやめてほしいですね。具体的過ぎるかな(笑)
でも、教育はやっぱり変えたほうがいいと思います。特に美大って大分年齢が上がってから入りますよね。造形力ってそこからなんとかなるものではないんです。だから造形力をすでに持っている人は伸びるんですけど、そういう感覚の問題はもっと幼い頃にやっておかないといけないと思うんです。日本の義務教育は幼児教育も美的感性や造形力や空間把握能力を養ったりすることが手薄になっているんじゃないかなと思っていて、それは強化したいです。特に7歳までの教育が手薄だと思う。
sfで好きな書籍や映画はありますか?
この前「ブレードランナー」を見たらやっぱりすごいと思いました。
どのような側面がおもしろいと思いますか?
全部ですね。ビジュアルもいいし、「akira」にも影響与えていて、ストーリーも今のロボット時代について予見しているようなものです。ただのファンタジーじゃなくて、都市評論的なものができているsf作品は本当に面白いと思います。sfはある意味で、今の時代をひとつの対象とすること、今の時代に未来のビジョンを見たり、今の時代がもしかしたらこうじゃなかったかもしれないという可能性をビジョンとして見るということだと思うんですよね。それは巨大な思考実験みたいなものだし、都市論みたいなものにも繋がるし、いろんな技術の可能性が実現したらこうなるだろうということがちゃんとデザインの中に落とし込まれているので、見るところが沢山あっておもしろいですね。ストーリーは案外くだらないものが多かったりするんですけど(笑)
映画を監督したいと思ったことは?
おもしろそうですけどね、やりだしたら中途半端にできないですからね。本当に長期間集中できるならちゃんとしたものを作りたいです。それくらい映画は好きですよ。
名和さんはいつも沈着冷静ですが、何か瞑想のような特別なことを実践していたりするのでしょうか?
瞑想はしませんが、制作が瞑想のような感じですね。制作中は完全に違う時間です。ドローイングしているときもプールで息を止めて潜水するような感じで、潜水して上がってくるまでその時間は全然違う体験じゃないですか。
集中した状態にパッとジャンプして入るのは得意ですね。子供の頃からこれに集中すると決めたらその状態になることができます。絵を描いている感覚というのがありますが、それはある地点でストップしてもずっと続いているものなんですね。昔の絵を見ても今すぐ続きが描けるんです。そのときの瞬間を覚えていて、そこにもう一度入ることができる。全ての制作がそんな感じです。
国外のメジャーな美術館での個展か屋外での巨大なモニュメント、もしひとつだけ実現できるならどちらを選びますか?
美術館ですね。個展というのは一番深くまで語ることができ、いろんな展開ができますから。それこそ映画を作るみたいに、体験を細かく作っていけるんですね。それはすごく楽しいし、見る人にも自分のやっている仕事を一番わかってもらえるチャンスだと思います。
最大の目標は?
作り続けることですね。これができれば成功というのはあまりないです。ひとつひとつの作品を作るのに時間がかかるので、それで満足いっていないことはあります。 ある空間で建築とアートを同時に作ってみたいという気持ちはあります。アートと建築の関係というのは一番考えさせられることが多いです。まだ、やりたいことの10%しかできていないですね。
インタビュー・写真:アンドレイ・ボルド
書き起こし:タムラ・マサミチ
2014.10.22
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© andrey bold