杉本博司
杉本博司はあらゆる方向へと同時に進み、往々にして己を越えていく。それも、自らのつくりだすものの影響と価値とマーケットにおける地位についての完璧な配慮を決して失うことなく。この両軸はしっかりと地面を踏みしめている。
最新の展覧会「ハダカから被服へ」の会場である原美術館へと朝早く向かうと、そこには充実した様子ですでに展示の撮影を終えた杉本の姿があった。
― 手早いですね
― そうしないとね、お金にはならないんだから(笑)
手短かに撮影を行い、一杯の水を飲んだあと、私たちふたりは宙に浮いたような白い壁に囲われた原美術館の事務室へと向かった。その部屋を飾るわずか数点の美術作品のひとつに、壁にかけられた杉本の初期作品がある。その向かいの席へと杉本は腰を下ろした。
アートへのアプローチについてはデュシャンから影響を受けたということですが、視覚面で影響を受けた人物はいますか?
視覚的に?デュシャンからはコンセプトとしても視覚表現としても影響を受けていますが、視覚的にとなると......おそらく私自身の偏ったものの見方でしょうか?
結果と過程では、過程をより重要視していますか?
仕上げとなる結果はとても重要です。作品は商品として通用するものであるべきです。今日の後期資本主義社会においてアートは商品ですからね。過程については......頭の中で生まれたイメージを実現するという技術的な過程はとても重要だと考えています。
物事をコントロールしようとするタイプでしょうか?
そうです。ヴィジョンが先にあり、それを実現させることが私の仕事のすべてです。
つまり、ヴィジョンを具現化するということですね。
「夢」を現実にする仕事ですね。それには度々困難が伴います。私が公に発表するものはうまくいったものだけですから、ヴィジョンが完遂されなかったものは私以外の誰一人として目にすることはありません。
論理と実践を繰り返し試しながらの制作になるのでしょうか?
基本的には私の中にはヴィジョンがすでに出来上がっていますので、演繹的に理論を操ったり帰納的に実践を重ねるということはしませんね。あるアイデアに対して試みた手段がすべて上手くいかなかった場合、そのアイデアからはひとまず離れ、技術の進歩や私自身の成長によって実現のめどがつけば改めて試みるということをやがて完成の時を迎えるまで続けます。技術的にもコンセプト的にも自分の水準を高く保つための自己鍛錬のようなものですね。
いつも新たなアイデアが浮かんでくるのでしょうか?
様々なアイデアが日々浮かんできますね。いかにアイデアを常に活性化させるかを64歳になってようやく学べた気がしています。最近行っているのは時差ボケをできるだけ長く保たせるという方法です。私以外の誰もが寝静まっている深夜から早朝までの時間を、はっきりと覚醒した意識のままで過ごすようにしています。その時間に多くのアイデアが生まれてきますね。
明晰な時間ということでしょうか。
ええ、明瞭な思考を得ることができる時間です。日中に眠り、夜間に起きる。通常、二週間ほどそれを続けることができます。その後?また飛行機に乗って再び時差ボケにかかります。かつては嫌っていた時差ボケですが、今となっては大変ありがたいものですね。
撮影はいつもモノクロームですね。
デジタル写真と異なり、伝統的なモノクローム写真を制御しきるのはとても難しいことです。今やそんなことを実践している人はほとんどいないでしょう......目指すは人間国宝!(笑)
デジタルでの撮影は一切しませんか?
今日撮った展示の記録はデジタルですね。デジタルを使うことも時折ありますが、作品には用いません。作品については8×10のフィルムと決めています。
美しい。
しかしコダックが破産してしまったので、もうフィルムを買えなくなってしまうかもしれませんね。
そうなれば杉本さんの作品の価値はさらに上がるばかりでしょう。
ええ、そうでしょうね。あるいは私自身でフィルムを作ることになるかもしれません。大判のフィルムを持って空港のセキュリティを通過することがどんどん難しくなってきています。一度x線に晒されたらそれでおしまいですからね。だから今は旅をせずに自分の暗室の中だけでできることがないか考えることもあります。
様々な問題を乗り越える方法も興味深いですね。たとえば「lightning fields」(スタジオで静電気と格闘しながら、次第にその原因を突き止め、やがてそれを支配できるようになったことからこのシリーズが生まれたという有名な逸話がある)では、ほとんど誰もが技術的な妨げだと捉えていることに着目し、それを作品に活かしています。類稀なるクオリティです。
様々なアイデアがお互いに刺激を与え合うのです。私がフォックス・タルボットの城を訪れた後に得られたアイデアですね。タルボットが写真の歴史を切り拓いただけではなく、同時に静電気の研究者としても高い名声を得ていたことを私は知りませんでした。彼は写真のことで多忙なあまり科学者としての活動を止めたようです。そこでふと考えました。もしタルボットが科学者の路を歩み続け、やがて写真と電気を融合させていたらどうなっていただろう?そして私は自ら望んで彼の研究を引き継いでみたというわけです。この作品はそうして生まれたものですね。
そうした背景があったことに驚きました。新しいステージですね。
ええ、新しいステージです。
トマス・エジソンとニコラ・テスラーのどちらに共感を覚えますか?
テスラーですね。エジソンはテスラーのアイデアの多くを盗んだ実業家です。私はテスラーのコイルを用いました。
ゼロというコンセプト、何もないということが作品の本質に関わっていると感じます。
私がゼロというコンセプトを用いるのは数理的なモデルについて解説するときだけですね。ただ、多くの人は私のすべての作品についてそれが言えると考えているようです。
「theaters」シリーズについてはどうでしょうか?
あれはゼロではなく、情報の飽和ですね。
飽和した情報が白い空虚へと向かい、静寂の瞬間が再び作品の中に現れる......と私は考えています。あの作品のアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
静寂?そうですね、それを語るのはきっと批評家の仕事でしょう。意図的にそうしたわけではなく、結果として静寂という概念にいつも辿りつくのだと思います。
作品は度々作者の人格を反映するものですが、杉本さんの場合......
私自身は物静かではありませんね(笑)
興味深い矛盾です。
たとえばモーツァルトも情熱的な作曲家でしたが......
彼の音楽はその情熱的な人格を表わしているように思いますが......
彼が姉に宛てた手紙を読んだことはありますか?酷いものですよ。話題といえば排泄物のことばかり。私はそんなに酷くありませんけどね。
自分自身の一番の悪習だと思うことは?
今はそうでもありませんが、女性関係でしょうか。私の体は下から衰えてきていますね。(大笑)
商業的な成功の後、解放されたと感じたことは?
ええ、もっと食べないと!
解放というのはつまり、自分のやりたいことができるようになったという意味で......
もちろん。研究と収集のためには自ら資金を確保しなければなりませんからね。あるいは取引を行うこともあります。たとえばu2との仕事のようにね。「seascapes」のひとつをアルバムカバーに使えないかとボノに聞かれて私は同意したのですが、そこからはビジネスマンたちの登場です。私の作品の価値は?u2の価値は?求められる利益は?私はそうしたことに関わりたくありませんでしたので、ボノに「石器時代の取引」でいこうと持ちかけ、私の作品と彼らの音楽の使用権を交換することにしたのです。それで取引成立でした。
u2の音楽の使用権なんてすごいですね。期間の定めは?
ありません。
実際に使ったことは?
まあ、使えるということだけで十分ですね。ビジネスマンの連中を追い出すことさえできればよかったので。
アート界における自分の立ち位置と作品の価値について考えることは?
もちろんあります。意識しないといけないことですからね。私の名前と共にマーケットに現れるものはすべて自動的に私のスタジオに報告されることになっています。それはリトグラフだったり、破り取られた本の一ページを額装し杉本博司の純正プリントとして売られているようなものさえもあります。私の森美術館での展示ポスターは2000ドルから3000ドルで取引されていますね。少し前まではたったの20ドルだったのに!本の一ページが杉本博司の純正プリントとして取引された場合でも私はオークションハウスに報告を行っています。
経済の悪化にもかかわらずアート市場はなお健在でアーティストもそのかつてない恩恵を受けていると思いますが、そんな中で今日のアーティストの役割とはなんでしょうか?
アーティストの役割?あさましくアートを作り、高く売ることかな!(笑)私はアートは後期資本主義の最後の冗談だと考えています。終焉は間もないと感じていますね!
たとえ海外で長く過ごしたとしても日本人が日本を完全に離れないのはなぜでしょうか?
私は渡米した後に禅のことを学び始めるなど、より日本的になったと考えています。答えなければならない疑問は数多いですね。たとえば啓蒙とは何でしょうか?そうして私自身の文化について自然と学ぶようになりました。
日本という土地に日本人を繋ぎとめているものは何だと思いますか?気候......あるいは食事でしょうか?
私の考えですが、この小さな島々にこれほど豊かな自然が広がり、他と比べて快適な生活が送れるような国は日本だけではないでしょうか。海では魚が、山では木の実が多く収穫できます。エジプト人やメソポタミア人と比較すると、日本人は縄文石器時代には文明を築くには至っていませんでした。一方で彼らは自然との共生を試みたのです。西洋文化は木を伐採し、必要なものを設置し、動物を家畜にするために捕えます。自然の破壊が文化の創造なのです。しかし日本はまったくの逆です。自然は敬うべきものであり、その代わりに自然は必要なものを与えてくれるのです。それが神道の伝統であり、今日の日本人の考え方にも強く残っています。それはきわめて特徴的なメンタリティであって、それゆえに日本人に生まれた以上は日本人でなくなることは難しいのです。
福島の災害は自然と完全に反するものでしたが、あれから何かが変わったとは思いますか?誰もが気にかけているようには見えるのですが、表立った行動になることはほとんどありませんね。
ええ、暴動もありません。災害の後も皆すっかりいつも通りで問題ないといった様子ですね。それはとても日本人らしいと思います。
小田原文化財団について教えてください。
小田原文化財団は非営利の団体なのですが、アメリカと異なり日本でその認定を受けるのは非常に難しいことです。私に残された時間もあまり多くはありませんが、私の長期的なヴィジョンに基づいたものです。東京から車で一時間半ほどの、小田原の海に面した場所にあります。そこで私はランドアートや建築のプロジェクトを行うつもりです。また、空港のセキュリティを気にすることもなく「seascapes」の撮影を続けることができますので、身動きできなくなった後も安定した収入が見込めるというわけです(大笑)
あまり心配されることもないとは思いますが。一般の来場者も入れるのでしょうか?
ええ、入れますよ。私は今パフォーマンスに興味があって、制作も多く行っています。昨年行った文楽の人形浄瑠璃は来年はパリへ巡回する予定です。フランス政府からの正式な招待に基づく国家レベルの話ですね。このプロジェクトには金銭的な利益はありません。むしろ私自身が実現のために予算を組みました。舞台に、人形に、音楽に......
そこでu2を......
u2の音楽はこの作品には少し騒々しいですね。
彫刻的・建築的な作品の制作にはどの程度関わっているのですか?
数理的なモデルのみですね。彫刻的な作品であったとしても、私自身が彫刻家というわけではありませんから。ブランクーシの作品にとても似ていると思います。
しかしモデルを視覚化し、適切なマテリアルを選ぶことは杉本さんの仕事ですね。
もちろん、私自身がマテリアルを選び、コンピュータがモデルを生成する過程の確認を行います。トップの数学者たちを雇い、私にできないことをやってもらっています。これは楽しい仕事ですね。これらの作品を私は「モデル」と呼んではいますが、売るときはブランクーシの作品に匹敵する価格でと期待しています(笑)
建築については?
東京にひとつ建築の会社を持っています。今は3つか4つのプロジェクトに関わっていますね。そのひとつが青山のオーク表参道です。その建物の通路と裏手にある日本料亭のプロデュースするカフェの設計を任されています。40×10メートルという巨大な規模で、天井から私の数理的なモデルが吊るされています。来年にオープンする予定です。
作品という点で興味を惹かれている日本人のアーティストはいますか?
そうですね......10世紀から11世紀の仏教の彫刻家をもっとも尊敬していますね。匿名でありながら、彼らの作品は細部にわたって神経の行き届いた極めて質の高いものです。中国から渡ってきた原型ともすっかり異なる、高いオリジナリティも有しています。日本は6世紀から7世紀に中国から塑像の技術と共に仏教を輸入しましたが、そこから日本人は一目でそれとわかる独自のスタイルを創り出していきました。13世紀になり、仏像を作ることはむしろ工芸に属するものになりました。仏像を作るために仏僧としての修行と成熟を必要としなくなるのです。つまり単なる請負仕事になるわけですね。それまで仏像とは仏僧が修行を通じて達することのできた意識の高みを顕示するものであり、細部にはそれが明らかに宿っていました。日本の文化と工芸のもっとも豊かな時期だと思います。その後、武士たちが宮廷を支配し、文化は変わっていくのです。
実に短い時期ですね。
ええ、たったの250年...
映像を作ろうと考えたことは?
私の文楽の人形浄瑠璃に関して映像を作るかもしれませんね。劇の映像に他の映像も加えた美しい映像ができるでしょう。観劇はお金がかかりますが、これならば手の届く価格で最上席を用意することができます(微笑)
茶道に深い関心があると伺っています。
ええ、遂にnyに私の茶室を建てることができました。長年かけて集めた骨董の陶磁器と茶器を用いてアメリカの人々にいかにアートに対峙し鑑賞すべきかを教育しています。裕福なコレクターたちの自宅へ招待されることも多いですが、セントラルパークを臨む彼らの家の壁には何億とするピカソの作品などが飾られています。それも飾れるだけ壁にかけるというやりかたで!日本的な基準でいえば大変な悪趣味です。日本の茶道の礼儀においては特別な一人のゲストのためにたったひとつの作品を選び、さらには同じものを再び別のゲストには見せないようにと努めるのです。それが茶道の原則です。アメリカの人々は単に倉庫代を払いたがらないのですね。だから彼らの文化は日本に比べて成熟していないのでしょう!(大笑)
杉本さんの作品は日本の伝統芸術とモダンアートを独自のありかたで融合させていますね。
私の生きている時代は近代、あるいはポストモダン、ひいてはポスト・ポストモダンですからね。伝統的な価値観、近代的な価値観、そして現代美術の価値観はすべて私という人間の一部となっています。私は建築家であり、アーティストであり、伝統演劇の監督であり、骨董品の蒐集家でもあります。そのすべてが調和するようにしていますね。
何から刺激を受けますか?
私自身ですね!私に行動を命じるのは他ならぬ私の思考なんです(大笑)
インタビュー・写真:アンドレイ・ボルド
書き起こし:イズハラ・チサコ
翻訳:タムラ・マサミチ
special thanks: 小柳敦子(ギャラリー小柳ディレクター)&渡辺純子(原美術館・国際プログラムディレクター)
2012.05.27
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© andrey bold